創作のための映画と読書まとめ

当ブログは「良き創作は良き鑑賞から」をモットーに、鑑賞した映画と本についてまとめておく目的で設立されました。同志よ集え!

ミキータ・ブロットマン『刑務所の読書クラブ 教授が囚人たちと10の古典文学を読んだら』を読んだ感想

本書は、「オックスフォード大学卒の文学研究者・ミキータ教授が、刑務所で囚人たちと、古典作品を読む」という活動の記録で、ジャンルは当然、ノンフィクションです。

 

わたしは、タイトルが気になって、購入しました。「読書」と「囚人」という組み合わせが、すぐに『ショーシャンクの空に』を想起させたからです。名作ですよね。

 

本を読ませる相手は、ろくに教育を受けてこなかった、本を継続して読んでこなかった囚人たちです。教授が、どうやって難しい古典を読ませるのか、気になるところです。

 

取り上げた作品は

  • ジョゼフ・コンラッド『闇の奥』
  • ハーマン・メルヴィル『書記バートルビー ウォール街の物語』
  • チャールズ・ブコウスキー『くそったれ!少年時代』
  • ウィリアム・バロウズ『ジャンキー』
  • マルコム・ブラリー『オン・ザ・ヤード』
  • シェイクスピア『マクベス』
  • ロバート・ルイス・スティーヴンソン『ジキル博士とハイド氏』
  • エドガー・アラン・ポー『黒猫』
  • フランツ・カフカ『変身』
  • ウラジミール・ナボコフ『ロリータ』

となっています。

 

私にとって、全体的に、なじみのない作品が多いです。ちゃんと読んだことのある作品は『変身』くらいのものです。しかし、軽い紹介も入ってますし、作品を知らなくても読むうえで支障にはなりません。

 

概要はこれくらいにして、この作品のおもしろいとおもったところを、いくつか紹介したいと思います。

 

 

 

 

 

 

序盤は、手探り状態のドキドキハラハラ 

 

最初の2作品は難解で、終わり方もすきっりしない、非常に「文学的作品」だと紹介されています。

 

先述の通り、彼らは、本に親しんできたわけでもなく、読むという行為自体が大変な人ばかりです。指で文字を追い、ゆっくりとしか読めません。

 

教授は、しょっぱなから、カタルシスの薄い、難しい本を持ってきたわけです。大学と同じ感覚でセレクトしたのかもしれません。当然と言えば当然なのですが、うまくいきません。

 

囚人たちの感想も、ほとんどが「つまらなかった」「よくわからなかった」というものです。

 

それに対して、本を選んだ教授は、「がっかりした」とか、「イライラした」とか、明け透けな感情を吐露しています。この教授は、全体を通して素直な心情を吐露していて、必要以上に人間的な印象を受けます。

 

教授が、刑務所という極めて異質な空間に不慣れであるというところからも、序盤はギクシャクした印象があり、これからどうなってしまうのだろうというハラハラがあります。

 

一方で、囚人たちの意見は割と真っ当であることに驚かされます。不良漫画でありがちな、荒廃した環境ともまた違うわけです。

 

囚人たちは、先生の言った意見にそのまま賛成するわけでもなく、芯を持った人たちです。これからどう展開していくのか、素直な興味を持って読み進めることができました。

 

教授や、それぞれの人物についての描写

 

全編を通して、本の解説よりも、囚人たち登場人物が、どんな背景を持っているかにスペースが割かれています。メンバーの囚人は9人いるのですが、麻薬の常習者だったり、怒りの感情を抑えられなかったり、案外思慮深かったりします。

 

彼らは、まじめな態度で受けているわけではありません。居眠りもします。そのあたりは、囚人のイメージ通りと言えます。

 

そして、学のない人がほとんどですから、自らの体験談や、知っている人を作品に重ね合わせて語ることが多く、そこからも人柄をうかがい知ることができます。

 

一方で、彼らは、思った以上に純粋に物事を見ていたり、自分は被害者であるという思いが強かったりします。

 

被害者意識については、彼らのおかれた環境からすれば当然の感情です。『変身』の回では、不条理な世界に立たされたグレゴール・ザムザに強い共感を寄せています。

 

考えてみれば、我々は一様に、この世界の不条理に共感できるはずなのですが、その感情が一段と強いという彼らの属性については、色々と考えさせられました。

 

彼らの住む刑務所についての描写は、囚人の口から、または教授の受ける待遇から伺い知れます。

 

教授は女性なので、刑務所内ではあまり肌を露出しない服にするように言われるわけですが、その判定が理不尽に厳しいものだ、と教授は思っています。しかし、それは刑務官の性格が悪いということではなく、刑務所という空間がそうさせているのだということに気づきます。

 

それほどに、刑務所とは異様な空間なのです。そこで何十年も暮らしてきた囚人たちは、独特な感性を持っていると言えるでしょう。『ロリータ』の回では、とにかく、被害者に対して共感する態度が、教授のそれと対立しているのが印象深いです。

 

視点である教授も、なかなか曲者で、難しい本を選んでおいてイライラしたり、怒ったりと、我が強いというか。それでいて、自分をちゃんと客観視しているところが、面白いです。

 

単なる活動の紹介ではない、ということ

 

本書の一番の盛り上がりは、本について語り合うシーンではない、と私は思いました。

 

この終章によって、本作はただの活動記録ではなく、ひとつの作品へと昇華されています。

 

エピローグともいえる「さいごに」の章で、教授は仮釈放された二人の囚人に出会います。

 

その出会いは、いままでの過程をすべて打ち消してしまうような、カフカ的不条理を我々に与え、この本は終わりを迎えます。

 

なんだか、ぞっとすると同時に納得してしまう、そんな終わり方でした。

 

こう感じるのは私だけでしょうか。ぜひ感想をお待ちしております。