『名探偵ピカチュウ』を見た正直な感想|リスペクトは感じるけれど……
辛めのレビューです。ご注意ください。
ポケモンガチ勢だった経験もあるので、そこそこ詳しく見れてる筈です。
よかったところ
・舞台となるライムシティの設定。ポケモンが自然と配置され、「共存」している様子が表現されていて良かった。
・CGがすごい。ピカチュウをはじめ、ポケモンたちが生き生きとしていた。
・静止画ではキモく見えたベロリンガやバリヤードなども、動いてる分には違和感がなかった。
・ただしエイパム、お前はだめだ。集団行動の暴走エイパムこわすぎ。
・個人的に好きなシーン
1.バリヤードのパントマイム
2.コイキングがギャラドスに進化
3.巨大ドダイトス
・巨大ドダイトスやメタモン、真犯人など、意外性を持たせていたのは評価できる。
・戦闘シーンも迫力があった。リザードンやミュウツー、コダックにピカチュウなど。くどくないのも良い。
・なにより、原作リスペクトがたくさんあって良かった。
・電光石火やエレキボール、10万ボルトがピカチュウの技としてあがる中、ボルテッカーが最強技として設定されていた。
・ピカチュウが大谷育江ボイスになったり、林原めぐみや山寺宏一が出ていたのもよかった。
・プリン、コダック、リザードンなど、アニメ版でレギュラーだったポケモンが数多く出演していた。その一方で、初代だけでなく、ドゴーム、ゴルーグ、キュワワーなど、幅広い世代からも出演していた。
・ドン引きしているタブンネがかわいかった。腹パンしたい。
・エンディングのゲーム画面再現も良かった。
ダメなところ
・主人公に魅力がない。ポケモンを持たなかった理由が弱い。しかも、あっさり克服する。ピカチュウを助けるなど、サトシと同じことをしているのに、この差はなんだろう。叫びが足りないのか。もっと体を張ればよかったのか。
・ピカチュウにも、あんまり魅力がない。もっとゲスイことを言えば、かわいい外見とのギャップが生まれるだろうに、むしろただの良いやつだった。セリフも別にうまくない。あと、探偵要素が皆無。主人公の方が探偵していたぐらいだ。
・主人公たちが自力で見つけて来るよりも、多くの情報が他のキャラクターから得られていて、頑張って真相にたどり着いた感がまるでない。探偵要素はどこへ行ったのか。
・とにかく序盤が退屈である。父親を捜す動機が弱い。主人公たちの魅力がなさ過ぎて、感情移入が難しい。
・設定がところどころ甘い。ラスボスはなぜ弱点である本体を放っておいたのか。これをちょっと難しいところにおいておけば盛り上がったのでは? 精神をポケモンに突っ込むというミュウツーの謎能力はいいとしても、なぜ人間の体の方まで消えたのか? 父親の方は肉体残ってたのに。細かいところだけれどモヤモヤする。
・人型メタモンの目がキモい。
以上のように、いいところはたくさんあるのだけれど、主に主人公の魅力不足のせいで台無しになっていたように思う。21歳って設定に無理があったのではないか。カラカラのくだりを見た後、保険会社勤務って聞いたときに、もうちょっとキツイって思いました。
主人公もその友人もインド系に見えるので、そのままポルカ・オドルカでも踊ってくれた方が面白かったまである。
なんというか、惜しいなあ、と。物語としては、面白くはなかったです。
『スパイダーマン: スパイダーバース』の感想と考察|なぜ息をつく暇もないほど面白いのか?
【注意!】本記事は、『スパイダーマン: スパイダーバース』を絶賛するものであり、一切のdisを含みません。それでもかまわん、という方のみご覧ください。
◎
この映画についての前情報は、「ペニー・パーカーちゃんかわいい」くらいしか聞かなかった。あと、どうやら「面白い」らしいことも、ちらっと聞いたかな。
そういうわけで、キャラ萌え映画なんだろうなくらいの、軽い気持ちでいました。私事ですが、睡眠不足と腹痛で体調がよろしくなかったこともあり、なんなら、直前までちょっと帰りたかった。
しかし。本作が始まって早々に、そんな程度のバッドコンディションはいつの間にやら吹っ飛んでいて、あれよあれよという間に映画は終わっていました。
エンタメとしての完成度の高さに、感嘆のため息が漏れるほど。見終わった後の私は、うわごとのように「永遠に面白かった」などと訳の分からない言葉を繰り返すだけの存在となりました。
なんていえばいいのか。盛り上がるところが、ずっと一口目のコーラなんですよね。ずっとおいしい。飽きない。たるんだところがない。映画の視聴中って、ちょっと没入感から脱するところがあったりして、そこが冗長に感じたりするもんですが、それが一切なかった。
かといってトップスピードだけ出し続けているわけでもない。トップスピードだけなら飽きてしまうでしょう。ちゃんと緩急はある。それもまた絶妙で絶妙で。自陣目前からロデオドライブでタッチダウンまで持っていってしまった感じ。(アイシールド21ネタ)
ペニー・パーカーは確かにかわいかったです。ですが、それは本作の魅力のほんの一部にすぎません。本作は、いくらハードルを上げても大丈夫なんじゃないかって気がしているので、全力であげていきます。未視聴の方は是非、劇場で観てください。音響や映像美も作品の魅力の一つだと思います。絶対劇場の方がいい。
【以下、ネタバレ全開です。注意!】
まとめるのが難しいので、面白いと思ったところをつらつらと書きます。時系列が行ったり来たりして読みにくいかもしれません。
- 導入から面白い。キャラの描写が完璧。
- 意外性も申し分ない。エンタメの極み。
- キャラ造形が完璧。 成長物語の王道。
- キャラクターの出番のバランスが完璧
- スパイダーマンたちの協力が尊い
- おさえるべきシーンが全てある。話のスピード、緩急のつけ方も最高。
- 繰り返しによるリズムがカタルシスを産む
- 細かいところ。かわいさ、声優、映像など。
導入から面白い。キャラの描写が完璧。
まず賞賛すべきは導入部。主人公マイルス・モラレスの抱える問題が、短い間に紹介されること。親の期待のもと、好きなグラフティアートができない。自分のやりたいこと、自分らしさが抑圧されていることが、スパッと描写される。
問題、悩みですから、当然導入としては重たいはずです。しかし、その重さは感じられない。なぜなら、キャラクター同士のかけあい、及び映像が非常にコミカルであるし、主人公の、明るい性格も十分描写されているからです。
そしてなにより、抑圧している父親が、ただ自分勝手な毒親ではないことが描写されている。これが大きい。厳しくするのは期待と愛ゆえであり、マイルスとの対話も、十分とは言えないが行っている。スパイダーマンのことが好きでないし、肝心なときにいないし、スパイダーマンを勘違いで指名手配するし、観客はこのキャラに対してフラストレーションを持ってもおかしくないはずです。けれども、十分に愛が感じられるから、それがない。パトカーから「愛してるって言え!」って要求するシーンが面白いのが要因のひとつかも。
ついでに言えば、エリート志向の生徒たちも先生も、必要以上に主人公に冷たいわけじゃない。先生なんか、きちんとマイルスの真意を汲み取ってますからね。全体として、嫌なキャラがいない。これは本当にすごいことだと思う。ラスボスのキングピンですら、その目的は「愛」ゆえなんですよ。愛ゆえの葛藤と衝突なんです。だから、嫌な気持ちにならない。エンタメにおいては満点ですよね。
マイルスの悩みは、叔父のもとで一旦、発散されている。叔父はマイルスの第一の師匠であり、観客は共感を持ちます。その叔父が、強敵としてなんども出てきていたっていうのは衝撃的だったし、お互いの正体が分かった後のやりとりも、短いながら印象深い(後述)。
意外性も申し分ない。エンタメの極み。
この作品には正体は実は〇〇でした!というのが三回もあって、三回もあるくせに、全部驚かされるんですよね。ドクターオクトパスが女だったこと、グウェンがスパイダーウーマンだったこと(最初敵かと思った)、叔父がヴィランだったこと。三打数三本ヒットにされると、もう参ったというしかない。(私の勘がよくないだけかもしれませんが)
キャラ造形が完璧。 成長物語の王道。
序盤で悩む主人公として設定されたマイルスは、何度も「責任」に応えるべく奮起しますが、うまくいかない。はじめのピーターを助けようとしたり(彼はスパイダーマンを見て録画しはじめちゃうほどに一般人なのである)、漫画情報でビルの上でジャンプしようとしたり、加速器を壊すことを申し出たり。でも、うまくいかない。
ここに、主人公の魅力がある。エヴァのシンジくんのように、責任に対して「やりたくない」じゃなくて、「やりたいけどできない」なんです。悩める主人公なのに、ウジウジしていない。
細かいところで成長はしているので、成長しないって言ってしまうのは語弊を産むだろう。スウィングができるようになって、ふたりでPCを運ぶシーンは立派な成長だし、そこにスパーダーマンふたりの絆ができていて最高だった。ついでに、自分もゲームで最初スイングできなかったことを思い出した。
成長を遂げるのは結局、ラストシーンに至る直前で、そこでの覚醒はぞっとするほどのカタルシスを産む。ガラスを割りながらビルから落下するシーンで、背筋に震えが走りました。ていうか、この映画背筋が震えるシーン多すぎなんですよね。
悩める主人公がシンジくんでないなら、ゲンドウもまた本作にはいない。最初こそ「できんのか!?」って詰め寄ったスパイダーチームだけれど、以降はしっかり成長を見守り、無理はさせない。中年のピーター・パーカーがしっかり第二の師匠として見守っている。はじめダメヒーローと思わせといて、しっかりスパイダーマンしているのが良い。
主人公は結局、ラスト直前まで弱いままでした。だからといって、アクションに見どころがないわけではないんですよね。叔父からの逃走シーンというアクションがしっかりとある。戦闘できないなら、逃走シーンでアクションしちゃいなよ!の精神ですね。しかも、これがかっこいい。紫のラインが残像として残るAKIRA的演出。透明化で隠れるというホラー要素。面白い。あっぱれです。
キャラクターの出番のバランスが完璧
キャラがあれだけ多いのに、みんなの出番のバランスがちょうどいいのも、すごいところだと思います。主人公の家族たちは、後半にかけてもちゃんと出番があって影が薄くならない。
スパイダーマン陣営も絶妙だ。中年ピーターも、しっかりと落ちぶれヒーロー(タイバニの虎徹みたいな)として主人公の貫禄があるし、グウェンもヒロインとして、マイルズを支えている。ツンデレであってもいいポジだけれど、あんまりツンがくどいと、この絶妙なバランスが崩れますから、いい塩梅のキャラだと思います。
他の三人も、別段目立ってはいないのにキャラが立ってている。もともと『ダークシティ』やギャグマンガから飛び出してきたみたいなキャラだから、わざわざ深く掘り下げなくても「こいつはこういうキャラだろう」と分かるのが良い。設定をうまく使ってるなあっていう印象です。
メイおばさんがあれだけ強いキャラなのもいい。出番が少ないけど大事なポジションだから、強い味付けになっている(もともとこういうキャラなのかもだが)。これはスパイダーマン陣営にも言える。豚なんかは、一番出番が少ないくせに濃い。
スパイダーマンたちの協力が尊い
スパイダーマン陣営のみんなが、「ひとりじゃなかった」ってセリフを言うのも良い。「たったひとりのスパイダーマン」が集結するからこそ生まれるカタルシス=「困難の共有」を、繰り返し強調している。PS4のスパイダーマンのゲームで、ヴィラン軍団にリンチされるシーンが思い出されて、なおさらグッときましたね。
でも、ラスボスは協力じゃなくて、主人公ひとりで倒すんですよね。ここもまたポイントが高い。ちゃんと主人公の成長を描き切っているし、スパイダーマンの様式を守っている。
おさえるべきシーンが全てある。話のスピード、緩急のつけ方も最高。
このように、おさえるべきところをしっかり押さえているのがすごいです。叔父さんとの別れも、戦闘・逃走シーンも、父親との和解も、スパイダーマン(特に中年ピーター)との別れも、備えておくべきシーンが全部あるし、そのどれも物足りなさを感じさせない。ちょうどいいバランス。キャラの出番も、イベントもちょうどいい。
叔父さんとの別れは、スパイダーマンにおいては外せない。けれど、そのセリフはきちんと「叔父さんからマイルズへ」向けられたものなんですよね。「大いなる力には大いなる責任が伴う」というお決まりのセリフではなくて、「お前のやりたいように生きろ」(ニュアンスはこんな感じだったはず)なんですよ。パラレルワールドという設定から、「個性」「みんなが主人公」というテーマを取り出しているわけです。なんとなく映画のポケモン思い浮かべた。
話の緩急もちょうどいい。これが一番すごいところだと思う。チェンジオブペースが完璧なのである。だからこそ、息をつく暇がないのだ。
主人公の成長物語なので、当然何度も挫折シーンを描く必要がある。そうでないと、カタルシスが生まれない。
だからといって、ウジウジするシーンは一切ない。それは、キャラが多いこともあって、一人でいるシーンがほとんどないからだ。マイルズは、悩みをちゃんと口に出す。そして、それを受け止めてくれる人がいる。だから、緩みの中にも考えさせられる一言があって、飽きない。スパイダーマンお得意のギャグでの緩急もある。「いいお知らせがある、モニターはいらない」っていうギャグと、スパイダーチーム全員で天井に張り付くシーンがお気に入りです。
細かいところで言うと、パラレルワールドの別のスパイダーマンっていう設定が、メイおばさんでさえもすんなり受け入れてしまうところも、話のスピードを維持するのに貢献していると言えるだろう。「スパイダーマンにはよくある状況」なんていうギャグにも繋がってしまう。素材の有効利用にもほどがある。
繰り返しによるリズムがカタルシスを産む
あとは、伏線回収というか、同じ流れを繰り返すことで生まれるリズムも、この作品がまったく飽きない理由のひとつだと言えるでしょう。今さら言うことでもないが~というお決まりのスパイダーマン紹介、スニーカーの紐いじり、マントのくだり、中年ピーターとの別れ際など。叔父さんとのやりとりで使ったショルダータッチはグウェンとラスボスのところで使っている。こういうシチュエーションの繰り返しが小気味よく、いちいちにやっとさせられるので好きだ。
細かいところ。かわいさ、声優、映像など。
あと細かいところを挙げれば、ペニー・パーカーのかわいさ。ZUN絵っぽい。ジト目、体育座り、決め顔、小突くシーン、スカートを押さえて赤面するシーンが好きだ。愛している。
スパイダーマンのコスチュームが全部素晴らしい。グウェンのスーツのパーカーと、バニーガールみたいな黒い部分が好き。前から見るとぺったんこなのに、横から見るとちゃんとあるところも好き。あと腕に筋肉がついてるのも好き。愛してる。
声優が豪華なところも良い。吹き替えしかやってなかったのだが、それで十分というか、むしろ吹き替え一択である。ちゃんとアニメで人気なところを使っているし、全員キャラに合ってる。特に大塚明夫。向こうだとニコラス・ケイジらしい。
映像がアメコミ風なのもよかった。汗がとまらない描写とか、セリフや擬音が飛び出すこと、色使いなど。これでゲームがやりたい。
エンディングで凛として時雨が流れるのもよかったですねえ。
というわけで、以上、スパイダーマン: スパイダーバースの好きなところ、面白いと思ったところでした。挙げていけばキリがないので、この辺で終わります。終わったとき一番に思ったのは、「何回でも見れる」ですからね。それほどに面白いですこれは。5000字を二時間弱で書いた熱量よ伝われ。
〇本ブログは「良き創作は良き鑑賞から」をモットーに、主に映画の感想をまとめているものです。詳しくはコチラ↓
【積読紹介】今日も本を積んだ。『神話学入門』『天災と日本人』『文藝別冊 手塚治虫』
今日はお目当ての本がありまして、本屋に行きました。地方在住なので、発売予定日から少しずらして行かないと、置いていません。もし置いてなければ、何度も足を運ぶ羽目になり、そのたびに目についた本を買ってしまう危険もあります。が、今日は置いてありまして、助かりました。
それが、松村一男『神話学入門』(講談社学術文庫)です。Twitterを見ると、この本の紹介に、いいねとリツイートが集中していて、皆さん神話が好きなんだなあと思いました。
私自身、厨二病に罹っていたときには、色んな神や幻獣の紹介本を読んだりしました。その延長ですかね。皆さんも、そういう感じできてるんですかね。私だけ? 今絶賛発症中の中高生が、こんな学術書を買っているのだとしたら、将来有望すぎるなあ。結局、「好き」が最高のモチベになりますからね。突き進むべきです。
帯には、
「マハーバーラタ」「オイディプス」「アラビアン・ナイト」「フィネガンズ・ウェイク」……をフレイザ ー、デュメジル、レヴィ=ストロースらが読み解く!
と書いています。
半分くらい、何言ってるのか、分かりません。色んな意味でドキドキしますね。
原本は1999年に出版されているらしいです。
『神話学入門』の横辺りに、寺田寅彦『天災と日本人』(角川ソフィア文庫)が置いてあって、買いました。
最近あった某シンポジウムで、文系理系を分けることの意義について疑問が呈されていました。今の教育では、漢文で書かれた医学書が読めないんじゃないのか、と。そういう現状を踏まえれば、自然科学と人文学を股にかけた寺田寅彦という存在は稀有で、面白そうだなあと思っていて、その随筆が本体価格476円と安かったので買ってみました。
買ってから、岩波の寺田寅彦随筆集を買った記憶がふわふわと出てきました。積読の弊害です。
全く同じ本を買ったことは、漫画でしかないですけどね。漫画ならあるんかい、って感じですけど。ちなみに、
その漫画は、二冊買ったことに萎えて、全巻売ってしまいました。
最後は、河出書房新社の文藝別冊シリーズの『手塚治虫』を買いました。他に筒井康隆とか、芥川龍之介とかもあって、色々買ってみたかったんですが、結構高かったので保留。芥川のやつには、伊坂幸太郎や朝霧カフカのエッセイが載っていて、立ち読みした感じでは、すごく良かったですね。
目次を見ると、様々な人のエッセイや対談、手塚治虫へのインタビューも載っていて、充実した内容に見える。
永井豪×呉智栄×大塚英志の鼎談なんかは、目玉なんじゃないですか?
よく見たら、富野由悠季や寺沢武一の名前も見えますね。
良かったら、他の文藝別冊も買ってみたいと思います。
ただ、雑誌系のやつって、内容がごっちゃりしていて読み切るの大変なんですよね。たぶん全部は読まないでしょう。。。
橋本陽介『使える!「国語」の考え方』を読んだ感想
ちくま新書で、『国語教育の危機』に引き続き面白そうな国語についての本が出ていたので読んでみた。
国語教育における「小説の授業がなぜつまらないのか」という言及が目から鱗だった。
それは、心情中心主義と鑑賞中心主義に終始しているからだという。
筆者は物語論も書いている人で、教科書の定番である『羅生門』と『舞姫』を批判的に分析している。舞姫の主人公はどうしようもない男だ、とか。
こういった自由な読み方が許されず、規範化した作品に賞賛の向きでしか教えないから、つまらないのだという。
「文学が果たす役割は、特定の見方の押しつけではなく、むしろそれを揺るがし、拡大してくことではないだろうか」と筆者は言う。
そうだとすれば、教科書に小説を載せること自体が難しいことのように思われる。教科書は、ある程度の押しつけを伴うものであるからだ。
「話す・聞く」の対話的な活動を増やしたいなら、現状では難しいだろうというのにも賛成できる。異なった見方が複数提示されないと、議論にならない。しかし、異なった見方が出るような教育を受けていない現状、それは期待できない。
ひとつ違和感を覚えたのは、「小説は曖昧な方が面白い」という点。その点において、『羅生門』には明快すぎる主題があり、深さが足りないと批判する。
私は、ひとつの主題を伝える寓話的小説が、村上春樹のような多義的解釈が可能な小説に劣っているとは思わない。『イワンの馬鹿』や『動物農場』などは、主題はシンプルだけれど、面白いと思う。
『羅生門』におけるエゴイズムもそうだが、明快な主題であっても、それ自体が難解かつ深淵なものを持っている場合、その作品に深みが生まれるのではないか。
国語ができる人ほど、固定した読み方を押しつけるのを嫌うという意見もあった。しかし、そもそも、興味がない作品を読まされるという時点で、ある程度離反者が出るのは当然なのではないか。固定化した見方の押しつけであっても、自分の興味に関わる作品なら、面白いと思うのではないか。そういった視点が欠けてないか。
一方的な見方を押し付けられて、違和感を覚えるなら、そこから自主的な学びが生まれる可能性もある。そのためには、教師があくまでひとつの読み方を教えているに過ぎないことを強調しなければならないだろう。もちろん、生徒にそこまで求めるのかどうかという余地は残る。
小説を教えるという行為の難しさについて考えさせられた。同時代評や先行研究を調べたうえで、皆が各々の解釈について議論するという形でしか、小説を学ぶということができないのではないか。これもまた、求めすぎているだろう。どうも、教育論は理想が高すぎて、現実が追い付いていないように見える。
海外文学も取り入れて、様々な作品に触れさせるという案は賛成できる。どうも日本の小説は、心情を追うものが多くて、そればかりでは、小説はつまらないと思う生徒が多くなっても仕方がないと思う。刺激が足りない。もっと多種多様な作品を載せて、興味関心を広げる工夫が必要だ。
他に、「論理的」とはどういうことかという解説も面白かった。
旧情報から新情報へ記述するとか。普段、あんまり意識していない部分である。
あとは、リテラシーについてなど。情報過多の現代において、情報が正しいかどうか見抜くの力が、新しい国語の指導要領でも求められている。
大学では、論文を書くために一次情報を調べるように指導される。高校までにおいても、そのような教育を施す必要がある。しかし、受験がなにより優先するため、難しい。
本書は、全体的に文例が豊富で、歴史の書き換えの例で『進撃の巨人』が出ていたりするのが、さすが物語研究の人だなと思った。
国語の力について、多方面に論じられていて、エキサイティングでした。その分、記事にまとめるのが大変で、後半雑になってます。申し訳ないです。色々勉強になるし、考えさせられる本です。興味を持たれた方は、ぜひ読んでみてください。面白いです。
他の著作にも興味がわいたので、『物語論 基礎と応用』を買おうと思います。
読書の実況中継② 名倉編『異セカイ系』
↑前回
さて、読み終わった感想をば、致します。
後半戦も、メタ的技巧が山盛りで、お腹一杯を通り過ぎてアレでした。
というのも、クライマックスの解決篇で、もはや論理学、みたいな説明があったからです。
世界Aとかなんとか。確率がどうこうとか。
まあ、そこは考えるのしんどかったので「ふーんそうなんだ」で済ませてしまいました。だから、解釈が誤ってる可能性があります。すいません。
前にも言ったけど、この作品は何より、メタを使ってのどんでん返しが面白い。
前半で、散々メタで驚かされたんですけれど、後半にかけてもびっくりが続きました。
太字に、強調以外の意味を持たせるなんて発想はどこから生まれるのか。
ハーレムエンドの欺瞞に対して、あんなメタの使い方で解答するって、どんな発想やねん、と。
小説世界を、時空間まで含めて、縦横無尽に行き来する手管に脱帽です。
途中で気になってた、主人公がキャラクターに対して優しすぎるというか、葛藤もなく救おうとすることに葛藤がない理由については、最後のキャラクターシートで回収されているという認識でいいのだろうか。
やさしいと設定されたから、やさしい。そうしたら、他の登場人物まで優しいのがおかしくなる。いや、他のキャラクターも、優しいように設定されているとすれば、おかしくないのかな。他のキャラクターすら、一つになる勢いである。書いたことが現実世界すら巻き込んで現実になる世界なんだから、どうとでもなるんだろう。書かれていない余白にも、物語はあるのだから。
そうなると、無制限に世界を取り込むことになるので、世界線を分けることで世界を閉じました、という感じかな。わからんけど。
どんな無理な設定にしても、そういう設定なんやでってことにしたら、メタ的技巧の範疇に収まるから、その辺は設定がうまいってことでしょうね。
今までに読んだことのない小説という点では、これに勝るものはあんまりないんじゃないでしょうか。
近いのが、筒井康隆の『残像に口紅を』かな。こっちは、あまりに同じ展開が続くので途中で読むのやめたんですけども。
とにかく、『異セカイ系』、面白かったです。オススメします。
平成最後のブックの日にブックオフで爆買いした
普段は文庫しか買わないのですが、ハードカバーも買いました。爆買いのコツは、値段を見ないこと。
カゴがちょっとしたダンベルぐらいの重さになって会計をしたら、8000円ちょいでした。ブックオフでこの値段出したのは初めてでした。
- 1 荒木飛呂彦『荒木飛呂彦の漫画術』
- 2 西谷格『ルポ「中国「潜入バイト」日記』
- 3 黒岩祐治『灘中 奇跡の国語教室 橋本武の超スロー・リーディング』
- 4 梅原猛『歎異抄』講談社学術文庫
- 5 小西甚一『発生から現代まで 俳句の世界』講談社学術文庫
- 6 今野雅方『深く「読む」技術 思考を鍛える文章教室』ちくま学芸文庫
- 7 苅谷剛彦『学校って何だろう 教育の社会学入門』ちくま学芸文庫
- 8 柳田邦男『もう一度読みたかった本』平凡社ライブラリー
- 9 『もういちど読む山川日本史』
- 10 林望『文章術の千本ノック』小学館
- 11 本田勝一『中学生からの作文技術』
- 12 山本修司『教師の全仕事 教師の知っておくべき知識と技能』
- 13 佐藤明宏『国語科研究授業のすべて』
- 14 佐藤学『学校を変革する 学びの共同体の構想と実践』
- 15 向山洋一『プロ教師への道』
1 荒木飛呂彦『荒木飛呂彦の漫画術』
新書。荒木先生は、最近、色んなところでインタビュー記事とかで見ますね。
ゆでたまご先生と同期で、先に漫画家デビューされて、本格的に漫画家を目指すようになるも、なかなかうまくいかなかったらしい。それで、色んな作品を研究したこと、それを、どのように作品に生かしたのかなどが書いてるっぽいです。
荒木先生って、そういう研究家タイプの印象がなかったので、意外でした。面白そうです。
2 西谷格『ルポ「中国「潜入バイト」日記』
新書。タイトルが面白そう。
山梨の観光名所である忍野八海が出てきていました。富士山のふもとにある、水がきれいなところで、私も何回も行ったことがあります。たしかに、聞こえてくる言語が中国語とか韓国語ばかりで、異国に来た感じがするんです。
ショッキングだったのが、中央にある池が人口のものだったこと。水が透き通っていて、青が深く、魚がたくさん泳いでる、本当にきれいな池なんです。一度、検索してみてください。人口なのかあ。
3 黒岩祐治『灘中 奇跡の国語教室 橋本武の超スロー・リーディング』
新書。
最近、物議を醸している国語。論理国語と文学国語でしたっけ。学校で学ぶ国語は、文学を抜きに語れないはずなんですけどね。
『銀の匙』の授業で話題になりましたが、進学校である灘で、どうして文学、それも一作品だけで授業を成立させられたのか。気になったので買いました。
4 梅原猛『歎異抄』講談社学術文庫
悪人正機説で有名な歎異抄。危険思想として弾圧されたそうです。悪人こそ救われるという思想は、現代でも排斥されそうだなあと思い、買いました。
筆者の解説が要所に入っていて面白そうだったので買いました。
5 小西甚一『発生から現代まで 俳句の世界』講談社学術文庫
古文と言えば小西甚一。その人が解説してくれているなら間違いないだろうと思って買いました。中はあんまり見てません。
俳句ちょっと興味あるんですよ。百人一首とか、全然暗記してないですけど。
6 今野雅方『深く「読む」技術 思考を鍛える文章教室』ちくま学芸文庫
受験技術で点が取れるのと、読めることは別物だぞ、と書いてあったので、自戒の意味も込めて購入。
私は国語は比較的取れた方なので、多少は読める人だと思ってきたのですが、どうやら違うらしい。ブレイクスルーの予感、読むしかない。
7 苅谷剛彦『学校って何だろう 教育の社会学入門』ちくま学芸文庫
『知的複眼思考法』という、スゴ本を生み出した著者。実は(?)教育関連の書籍が多い。教育に興味があって、この人ならまあ信用できると思って買いました。
斉藤孝とか、教育系の本メッチャ出してますけど、なんか評判悪いじゃないですか。じゃあ、誰のを読めばええねん、ということで、苅谷先生です。
『知的複眼思考法』を読んだんですけど、まだ本に書いてあることを鵜のみにしてしまいがちなんですよね。だから、評判がすこぶる悪いものは、できるだけ避けるようにしてます。情けないことですけど。
8 柳田邦男『もう一度読みたかった本』平凡社ライブラリー
国木田独歩とごっちゃになるのは、きっと私だけ。
志賀直哉とか、O・ヘンリーとか、有名どころがたくさん挙げられていて面白そうだったので買いました。
こういう、読書の思い出話系は嫌いじゃないです。
9 『もういちど読む山川日本史』
本当は倫理を買うつもりだったんですけど、めっちゃ書き込みがしてあったのと、なぜか日本史の方が安かった(倫理が700ぐらい、日本史が500ぐらい)ので、日本史を買いました。
たまに、びっくりするくらい書き込みしてある本があります。手元に置こうとは思わないけど、どんな読み方をしているのか、どんな人なのかが推し量れて面白い。
今日見た本だと、学歴の経済学?みたいなちょっと流行った本に、えんぴつでツッコミを入れまくってるのがありました。実験される子供がかわいそうだろ!!!みたいなことが書いてたり。そこツッコむ?みたいな。
倫理の方は、年代を細かく書いてたりして、勉強できそうな感じでした。
10 林望『文章術の千本ノック』小学館
文章を書くのは好きなんですけど、今までろくに添削指導を受けたことがないんですよ、私。それがちょっとしたコンプレックスです。
この本は添削指導例が豊富に載ってたので、勉強になりそうだと思って買いました。
ただ、やっぱり実際に添削指導受けないと、自分では修正できないみたいなこと書いてるんですよね。一回、通信とかで勉強しようかなあ。
11 本田勝一『中学生からの作文技術』
文章作法と言えば本田勝一。とりあえず『日本語の作文技術』の読点の使い方だけは読んどけ、ってどっかに書いてあった気がします。
それのエッセンスを抽出したものらしい。もう一回読むために買いました。
12 山本修司『教師の全仕事 教師の知っておくべき知識と技能』
一応、教免持ってるんですけど、明日から教師やってくれと言われても、できません。学校に通うだけでは、何も実践的なことは身に付かないと気付いたのは、卒業してからです。
こんなだから、大学が職業訓練校にしろって言われちゃうんですよねえ。もっと、自分で学ぶ態度がないと(自戒)。
13 佐藤明宏『国語科研究授業のすべて』
上記に続いて教育系。大学でできる実戦的な学びって、教育実習が一番大きいんですけど、それでもせいぜい3週間そこらで、そんなお客様期間だけで、なにも身に付かないんですよ。
結局、実際に生徒を前にして修練を積むしかない。それって、生徒に申し訳ないなあと思ってしまいます。
14 佐藤学『学校を変革する 学びの共同体の構想と実践』
岩波ブックレット。薄いし面白そうだったので、中身は見ずに買いました。
15 向山洋一『プロ教師への道』
教師と言えば向山洋一(?)。実践例などの著書が豊富。あんまりよんだことがないので購入。実践例は、図書館で読むことにする。
(追記) 評価が悪いの知らなかった。色々調べないとだめですね。
長すぎる!!!途中からダレているのがまるわかりレストラン。また書影入れたり、付け加えたりします。
読書の実況中継① 名倉編『異セカイ系』
名前だけ見て気になったけど買わなかった本を、思いきって買いました。途中まで読んだ感想をつらつら書きます。
結論は↓
流行に乗っかっただけの小説ではございません。本の題名だけを見て読まないのは損です。
文体もすごい独特です。パラっとめくってみて、そっ閉じしてしまいそうになるかもしれませんけど、思いとどまるのがいいでしょう。
口語体というより、思考体というか。頭の中で無軌道に飛び回り起き上がる言葉をそのまま写し取ったような文体です。関西弁だし、一言だけの感想がポンポン出てくるし。本当に、独り言を言ってるみたいな感じ。
はじめて舞城王太郎を読んだとき、怒涛の文体に圧倒されましたが、それにインスパイアされてるのは間違いないでしょう。
同じメフィスト賞だし、作品に名前出てくるし。
内容としては、主人公が自分の書いた小説の世界に入り込んでしまって、筋から離れた行動をしたら闇に飲まれるというもの。
べたやなあ、と主人公自身もつっこんでるあたり、この小説の根幹「メタ」が効いてる。
本書の真骨頂は、現実と異世界を瞬間移動できることにあって、どうやって異世界を守るのか、というところに焦点がある。異世界の中で筋を変えることはできないが、現実に戻れば書き換えることができる。
自分の書いたキャラクターが死んだり、尊厳を踏みにじられたりすしないように、制約がある中、切り抜ける。
キャラクターだからといって、ラッキースケベなんか起こしたらあかんし、屈辱的とも言えるセリフを言わせてはいけない!と主人公は自分を罵倒しながら切り抜けようとする。
私は、そんな主人公の設定に違和感を覚える。
自己満足のために、キャラクターとはいえ、もはや実在するものを踏みにじってはいけない。真理である。けれど、人はそんなきれいじゃない。そこに葛藤があるはずである。
自分がうまい汁を吸いたい欲求と、それはいけないことだと思う倫理感がせめぎ合うはず。
しかし、主人公は迷わない。そこには、一切の葛藤が描かれていない。むしろ、過剰なまでに、キレイゴトを重視する。
これは一種の風刺なのだろうか。私利私欲に作品世界を作るなんて、あってはいけない。この倫理観は欲求なんかよりも、はるか上に位置する価値観で、そんなものに揺さぶられること自体があり得ない。
だが、一般的読者は、そんな発想には至らない。私のように、少なくとも葛藤ぐらいはあるはず、と思う。つまりこれは、葛藤すら許しがたい悪であるという、断罪なのだろうか。そのために、葛藤は描かれていないのだろうか。
異世界に入り込める人物は主人公だけではなく、他にもいるのだが、そいつらも、主人公と全く同じ倫理感を持っていて、私利私欲に使う人物は、今のところ出てきていない。
もしくは、単純にそうした方が物語の接続がよくなるから(余計な描写を省いただけ)なのか。そこは、これから明かされるのでしょうか。
現在167ページ目まで読んで、あと半分くらい。メタの使い方が秀逸で、思わず、今読んだところまでの感想を書きました。
あんまり言ったら、良くないだろうから、ぼかしておきます。「におわせ」も嫌な方は、これから先は読まない方がいいかも。
「描かれないことは、存在しなかったことになるということ」は、歴史もそうだけれど、言語世界では重要なことで。「描かれていない」と指摘すれば、その「描かれていない」ことが急速に起き上がってきて、そこに戦慄するわけです。推理小説なんかでやるのはタブーですけれど。こういうメタの入った小説では、効果的ですね。
結局何が言いたいかと言うと
以上、主人公の動機に違和感はあるけど、その設定(とくにメタの使い方)と物語の筋が奇抜で面白い、という話でした。
↑続き。